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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)109号 判決

原告

南部文二

被告

日本弁護士連合会

右代表者会長

今井忠男

右訴訟代理人

兼藤光

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は、「被告が異議申出人を原告、相手方を深沢勝、深沢守および船崎隆夫とする昭和四四年(懲異)第五号懲戒請求事件について昭和四七年八月一六日なした異議申出を棄却する旨の裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)、深沢勝、深沢守および船崎隆夫はいずれも第一東京弁護士会に所属する弁護士であるが、原告は、右三名に懲戒事由に該当する非行があるとし、同人らを相手方として、昭和四三年七月二六日同弁護士会に懲戒請求をしたところ、昭和四四年四月三〇日懲戒不相当の決定がなされたため、原告は右決定に対して被告連合会に異議の申出をしたところ、被告連合会は懲戒委員会の議決に基づいて昭和四七年八月一六日右異議申出を棄却する旨の裁決をし、右裁決は同年同月一七日原告に送達された。

(二)、しかし、右裁決は、別紙「裁決に対する不服の理由」に記載のとおり、公正を欠き、弁護士法の精神に反するものであるから、取消を免れない。

(三)、昭和三七年五月法律第一四〇号による改正前の弁護士法六二条は、「第五十九条に規定する異議の申立を棄却され、又は第六十条の規定による懲戒を受けた者」が日本弁護士連合会を被告として右処分の取消を訴求しうる旨定められていたが、右改正後の同条は、「第五十六条の規定による懲戒についての審査請求を却下され若しくは棄却され、又は第六十条の規定により懲戒を受けた者」が日本弁護士連合会を被告としてその取消の訴を提起しうる旨定められている。右改正は、行政事件訴訟法の施行に伴つてなされたものであるが、その後行政不服審査法(昭和三七年九月法律第一六〇号)が施行され、広く国民に対して行政庁に対する不服申立の途が開かれたことを考慮すれば、懲戒を受けた弁護士のみならず、懲戒を請求した者についても日本弁護士連合会に対して東京高等裁判所に出訴する途を認めて然るべきものである。

二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)、弁護士法五八条は、何人も弁護士会に弁護士の懲戒を請求することができる旨を規定し、また、同法六一条は懲戒請求者が日本弁護士連合会に対して異議の申出をすることができる旨を規定しているが、日本弁護士連合会のなした異議申出棄却の裁決については、これを不服として再審請求をしまたは裁判所に出訴することを認めた規定が存在しない。これは、弁護士を懲戒するかどうかは弁護士会または日本弁護士連合会の自主的な判断に委せ、懲戒をしないとした場合にも裁判所に対して懲戒を訴求することまでは許さないとするのが弁護士法の趣旨であるからである。してみれば、懲戒請求者として同法六一条の規定により被告連合会に対して異議申出をした原告がこれを棄却する旨の裁決を受けた場合、同法六二条によつて右裁決の取消を求めて出訴することは許されない。

(二)、原告主張の請求原因事実中、被告連合会が原告主張の日原告の異議申出を棄却する旨の裁決をし、右裁決が原告主張の日原告に送達されたことは認める。

理由

原告が、第一東京弁護士会所属の弁護士深沢勝、同深沢守および同船崎隆夫に懲戒事由に該当する非行があるとして同弁護士会に懲戒の請求をしたが、懲戒不相当の決定がなされたため、これを不服として被告連合会に対して異議の申出をしたところ、被告連合会が右異議の申出を棄却する旨の裁決をしたことは、記録上明らかであり、右裁決が昭和四七年八月一六日になされこれが同年同月一七日原告に送達されたことは、当事者間に争いがない。

原告は、右異議申出を棄却する旨の裁決の取消を求めて本訴を提起したものであるから、その適否について考えるに、懲戒に関して弁護士法の規定するところによれば、何人も弁護士についてその所属する弁護士会に懲戒の請求をすることができ(五八条)、所属の弁護士会により懲戒を受けた弁護士は日本弁護士連合会に対して行政不服審査法による審査請求をすることができ(五九条)、右審査請求について棄却もしくは却下の裁決を受けた者は東京高等裁判所にその取消を求める訴を提起することができ(六二条)、また日本弁護士連合会がみずから懲戒をした場合にも懲戒を受けた弁護士は東京高等裁判所にその取消を求める訴を提起することができるが(六〇条、六二条)、弁護士の懲戒を請求した者は、その弁護士の所属する弁護士会が懲戒をしない旨の議決をした場合においても、日本弁護士連合会に対して異議の申出をすることができるにとどまり(六二条)、右異議の申出を棄却する旨の裁決がなされても、これに対して再審査を請求しもしくは裁判所に対して右裁決を取り消して懲戒すべきことを求める途は開かれていないことが明らかである。これは、弁護士を懲戒するかどうかは弁護士会もしくは日本弁護士連合会の自治権の範囲内に属するものとして、これをその自主的な判断に任せた趣旨であるとともに、何人に対しても弁護士について懲戒請求および日本弁護士連合会への異議申出の道が設けられているのは懲戒請求者の個人的利益のためではなく、懲戒制度の運用の公正を期するための公益的見地に出たものであるから、懲戒請求者が日本弁護士連合会のなした異議申出棄却の裁決に不服があつても、その取消を求めて裁裁判所に出訴することは許されず、ただ懲戒を受けた弁護士に対しては、懲戒が弁護士に多大の不利益を被らせ、場合によつては致命的な結果をもたらすこともありうることに鑑み、特に裁判所に出訴することを認めた趣旨であると解される。なお、弁護士法六二条が昭和三七年五月法律第一四〇号によつて改正されたことは、原告主張のとおりであるが、右改正によつて日本弁護士連合会の異議申出棄却の裁決に対する出訴の途が開かれたものでないことは、前述したところにより明らかである。

してみれば、懲戒請求者たる原告が被告連合会のなした異議申出棄却の裁決についてその取消を求める本訴は不適法であつて許されないものというべきであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(吉岡進 園部秀信 森綱郎)

裁決に対する不服の理由

一(イ) 本件裁決書に対する不服の第一点は次のとおりである。すなわち原告が第一東京弁護士会並びに被告に対し、相手方らが原告と訴外八田利子間の離婚事件に関与して八田利子の実父である八田豊吉が、たまたま原告に対して有する貸金債権証書のあることを奇貨とし、右離婚事件における利子の立場を有利にするため、相手方と利子が共同して偽造の訴訟委任状を作成して貸金請求訴訟を提起したことが、弁護士法五六条に該当するとして懲戒の申立をなしたところ、被告は「昭和四三年一二月四日原審綱紀委員会第六部会委員唐沢高美氏面前において八田豊吉の記載した書面によれば、同人は利子に依頼して、相手方に事件を依頼したものと認める外なく……」として、偽造の事実はない旨判定している。しかしながら、右判定は八田豊吉に対し、事後において追認せしめるような形で書面を作成せしめ、それに基づき判定したものであつて、公正の担保となるべき事実に欠けている。

(ロ) 即ち、(1)訴訟における事件依頼者と受任者間においては、一般的に事実隠蔽・偽装に走る疑を与えがちであること。(2)被告は同業者間の団体であること。(3)懲戒に関する手続は法定されていないこと。(4)弁護士に対する職責は重く、格別高い品性を保持すべく期待されていること。などの諸点に留意すれば、国民が求める懲戒の申立に対しては、誤解の生ずることのないように、手続の公正を担保する事実を提示する必要がある。しかるに被告は、原審たる第一東京弁護士会の、前記八田豊吉の作成した書面のみによつて、偽造の事実はないと判定したが、これは判定するために作成されたものであつて、事実を証明する資料としてのみ、これを援用するのであれば、不十分である。

民主制社会においては、真実の発見、手続の公正を図るため、告知と聴問、対質、あるいは交互尋問等いろいろ制度化されたものがある。原告は偽造の事実の有無について、その核心である八田豊吉を喚問し、利害関係人等が一同に会したところでその証言によつて真相を追究されたいと、再三にわたり申立てたが、採用されなかつた。

(ハ) ところで被告は、原告の異議申立を受理(昭和四四年五月二八日)してより、実に三ケ年有余に及ぶ長期間、懲戒手続を延引し、そのため、原告はやむなく昭和四七年二月一日、東京地方裁判所に対し不作為違法確認の訴訟を提起した(東京地方裁判所昭和四七年(行ウ)第一五号)。右訴訟において、裁判長より、何故に審査が遅れているかの事情を書面によつて提出せよとの訴訟指揮にも被告は応せず、同年八月二二日第三回口頭弁論期日において、突如として本件裁決があつたので原告の訴の利益は失われた、などと申立ている。(原告は、やむなく同日本訴を取下げた)。

(ニ) 以上の経緯とあいまいまつて、本件裁決の不当性は明らかである。

二(イ) 原告が本件裁決の取消しを求める理由の二は、相手方らが関与して無効な債権譲渡を繰りかえし、原告をいたずらに混乱せしめた行為が、弁護士としての非行にあたるとの懲戒事由に対し、第一東京弁護士会は「貸金請求訴訟提起後相手方らは八田信也が異議申出人宛に、債権譲渡通知書を発した事実を知つたので、その実偽を確かめた処、八田信也が八田豊吉にも、利子にも、無断で為したことが判明し、債権譲渡は、本来無効なものであるが、一応通知の為された以上形式的に貸金債権を原状に回復するため、……異議申出人に発送したもの……」であつて「相手方らが関与して、利子から、八田豊吉に債権を譲渡した旨を通知したのは、不法不当とは断定できない」と判断し、被告は右判断を正当であると裁決した点にある。

(ロ)弁護士は巷間に暗躍する、いわゆる事件屋とは異り、社会は高い品性を期待する。八田豊吉を原告とし、被告を本件原告とする貸金請求訴訟が提起されたのち、何故に八田信也が誰にも無断で、そうした債権譲渡通知書を出したのかの事実を究明せず、同人が行つた無効な行為を『原状に回復する』ため、有効を前提としなければ出来ない観念の通知を、あえて法律の専門家である相手方がとらねばならなかつたのか。相手方が関与した右行為は、離婚事件という本訴が係属し、戦術的に原告を混乱せしめ、よつて事件を有利に導こうとする姑息な行為であつて、品性ある弁護士が行なうべき行為ではない。本件裁決は事案の真相を見究めようともしないで、安易にそのような下品な行為を見逃した点、勘くとも不当な裁決である。

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